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スウェーデン以外の国家債務は2008年以降激増していた


国際金融危機勃発後のスウェーデンは、世界中の先進諸国の中で国家による国民経済への介入・干渉が最低の国に変わっていたのです。一方、この危機の直前まで「低福祉・低負担」のサッチャー型「自由競争経済」を標榜していたイギリスは、危機勃発とほぼ同時に意図も鮮やかに豹変して、すさまじい勢いで国家債務の対GDP比率を激増させていきました。

一方、同じく国際金融危機後にスウェーデンは国家債務の対GDP比率を低下させ、オランダは主要先進国の中で国家債務の対GDP比率の上昇を最小限にとどめました。そして、この2ヵ国が、総需要の伸びで1位、2位を占めています。つまり、国家債務の拡大によって総需要を刺激しようとするのは、それほど歩留まりの悪い政策なのです。

もうひとつ重要なのは、「自由競争の放任が経済格差の拡大を招く」という言説は完全に事実に反するという点です。口では「自由競争」を褒め、アメリカ、イギリス、オランダの資本家たちはもっとも熱烈な国家統制・社会主義経済の信奉者なのです。

国による需要の喚起は金融市場の中を堂々巡りするだけだということを知っているのです。ただ、英米の資本家はその結果としての格差拡大を「そのまま放置しても大丈夫」と思うほど自国民をなめているのに対して、オランダの資本家は「それではさすがに国民が怒るだろう」と思って再配分効果を高めているという違いは厳然として存在しています。

ここでまたひとつ興味深い事実が浮かび上がってきます。アメリカは建国以来一貫して「利権集団社会主義」の国で国家統制が巨大金融利権に奉仕するかぎりで、国家による介入を歓迎し続けてきたお国柄です。ところが、イギリスは1970年代末から1980年代初めにかけて、労働党型社会主義から、サッチャー型「自由放任」経済へと経済政策のスタンスを大転換しました。

そして、イギリスの資本家たちが「サッチャー主義の呪縛」を真に受けて、国家統制や介入を排除しようとしていたころには、イギリスのGDP成長率と経常収支の間には、素直な相関性がありました。現在では、イギリスでの欲得ずくのアメリカ型「利権社会主義」が幅を利かせているので、GDP成長率と経常収支のあいだには、大きなギャップが生じています。

1960年~2015年のイギリスの経常収支の推移を見ると、1960年代も1970年代も前半は黒字、後半は赤字というパターンでした。1980年代初めにも一時黒字の時期がありましたが、その後は慢性的な赤字、つまりアメリカ型の自国通貨垂れ流し政策を延々と続けています。

基軸通貨国アメリカでは慢性的なドルの垂れ流しをしても、ドルが減価することはないから、今までのところ大きな問題は起きていません。しかし、イギリスのポンドはとっくの昔に基軸通貨の座を降りているから、ポンド垂れ流しの慢性的経常赤字は、確実にポンド価値の下落、国民生活の窮乏化を招いています。

イギリスの資本家たちがサッチャー的な「自由放任」政策を額面どおりに追求していたころには、経常赤字が大きくなればなるほど、GDP成長率も下がって国民全体が窮乏化するという素直な関係がありました。ところが、イギリスもアメリカ同様の金融利権社会主義に宗旨替えするとともに、経常赤字はさらに拡大しているのに、GDP成長率は高止まりするという不思議な構図になっています。

いったい、どうしてこんなことが可能なのでしょうか。アメリカとそっくり同じように、慢性的な経常赤字を、資本収支の黒字で帳尻を合わせ、主として産油国から還流してきた資金の運用で手数料を取っているのです。

しかしアメリカの場合、いくつかのIT産業のニッチでガリバー型寡占となっている企業に投資を呼び込むというかたちで、自国の非金融業の成長にもそこそこの貢献をしています。イギリスの場合、そうしたニッチガリバーは1社も存在していません。

だからこそ、イギリスが垂れ流したポンドの還流を運用して出す手数料収益が、経常赤字の拡大にもかかわらずGDPの高止まりを支えているわけですが、この収益は金融業以外の部門にはほとんど貢献しません。

また、中国も産油国も資本輸出に振り向けるための経常黒字が足元で急激に縮小するか、むしろ経常赤字に転落する危機に直面しています。この逆流に見舞われたとき、アメリカはニッチガリバーの成長のために受け入れた投融資の果実お収穫することができますが、イギリスはまったくそれがなさそうです。

つまり、イギリスの金融業肥大化は、一見アメリカ型経常赤字垂れ流し経済の完璧な縮尺モデルに見えます。しかし、資本収支の黒字の源泉が途絶えたときにイギリスがこうむる被害は、アメリカよりはるかに大きくなるでしょう。

なぜなら、2010年代前半にイギリスの国際収支の帳尻を合わせてきた「その他投資」の黒字が、今は赤字に転換しているからです。その代りに大きな黒字を「稼いでいる」のは、鬼が出るか、蛇が出るか分からない「ポートフォリオ投資」なるものと、イギリス経済の現状から見てどう考えても長続きするはずのない「直接投資」の黒字なのです。

そして、もちろん金融主導型の経済成長が持つ格差拡大効果のほうは、20世紀末から顕在化していたことがわかります。イギリスの所得百分位ごとの実質時給の変化率を、1975年~1998年という23年間と1998年~2013年という15年間の対比を見てみると、まず、気づくのは23年対15年という機関の長短を考慮に入れても、1975~98年のほうがあらゆる階層で実質時給がはるかに高い伸びをしていたという事実です。

最低の第10百分位(所得階層で下から数えて9~10%目)の50%強から、大99百分位(同98~99%目)の140%近くと大幅に伸びていました。一方、1998年~2013年では、最高の第97百分位あたりでも22%強、最低の第82百分位あたりでは13年をかけて15%弱しか伸びていません。

そして、なぜここまで実質時給の伸びが鈍化したのかの理由があります。20世紀に入ってからは家計債務が、そしてようやく家計債務がピークアウトした国際金融危機以後は国家債務が急成長しています。

つまり、企業の生産力の向上に貢献しない債務ばかりが急激に伸びているのです。しかし、国家債務は非金融民間企業の設備投資意欲を掻き立てはしませんが、金融市場におけるマネーゲームは肥大化させます。その結果として生まれた金融業の利益成長はGDP成長率の引き上げや高止まりには貢献しますが、一般勤労者の実質時給向上には寄与しません。

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