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ドイツ銀行の危機は、世界デリバティブ市場全体の危機


今、ドイツの最大手銀行であるドイツ銀行が、深刻な存亡の危機に立たされています。そして、ヨーロッパ全体の銀行業界もまた、生きるか死ぬかという境遇に追いこまれています。なんとなく6月24日のイギリスのEU離脱に関する国民投票の結果が直前予想を覆す賛成票多数となったことによって、一時小康状態を取り戻していたヨーロッパの金融業界をめぐる情勢が切迫したと思っている人が多いようです。

今年前半のうちに2008年のリーマンショック時や、ユーロ圏ソブリン(国債)危機のまっただ中だった2012年の突っこみ安の水準に近い大幅な下げとなっていました。さらに、相対力指数という上下動のモメンタムを測る指標を見ると、今年の2月ごろにはこの指数が20まで下落し、ときの勢いで下げ過ぎたので、今後は急回復に転ずるだろうというテクニカルなサインが出ていました。

しかし、その後も小刻みな上下動はあったものの低価格帯を脱出することはできず、最近ではこの位置が決して勢いだけの一過性の低さではなく、実力相応の低さだというサインに変わっています。

ユーロ圏の銀行株はすぐにも大幅な上昇を見こめるという環境ではなくなっていて、むしろ今後さらに下落する可能性のほうが高まっているのです。なぜヨーロッパの銀行株がここまで下げているかと言えば、最大の理由はドイツ銀行の不振、いや不振というより存亡の危機に立たされていることでしょう。

ドイツ銀行株は、今年の8月初めに史上最安値を付けました。しかし、その後約1ヵ月半かけて戻した分を、1週間強ですべて吐き出し、またしても史上最安値に接近しています。これだけ急激に下げたのは、9月半ばに入ってアメリカ連邦政府司法省が、不動産担保証券がらみの不正を理由にドイツ銀行に総額140億ドル(約1兆4000億円)の追徴金を課すと発表したことでした。

イギリスのEU離脱が決まった6月24日から史上最安値を付けた8月初めまで、約6週間かかっていました。アメリカ司法省がドイツ銀行に課した追徴金の金額が判明してから、史上最安値とほぼ同水準に下げるまでには、わずか1週間強しかかかっていません。

たしかに、不動産担保証券化商品に関する不正に対して、米国連邦政府司法省だけが単独で課した追徴金として140億ドルという金額は異例です。過去類似のケースでもっとも巨額の追徴金は、2014年8月21日にバンク・オブ・アメリカが課された連邦政府の各種金融当局や州政府の合計額で97億ドル、それに消費者救済のための返還金70億ドルを加えて、バンク・オブ・アメリカ側の総負担額が167億ドルでした。

ドイツ銀行が発行体となっている社債の中ではもっともリスクが高いと言われているTier1資本維持のための債券は、米国司法省が「ドイツ銀行が販売した住宅不動産を担保とする証券化商品に関する不正に対して、140億ドルの追徴金を課す」と発表したとたんに、大暴落しました。

オランダの大手総合銀行ABNアムロの信用市場ストラテジストは、「ドイツ銀行の社債は、高いところから石でも落としたように、急落しています。この追徴金額は、多少交渉によって値切ることができたとしてもドイツ銀行が持っている自己資本と引当金の総額よりはるかに巨額だからだ」と述べています。

信用調査会社のクレジット・サイトによれば、「当面、国際業務を営む銀行としてのティア1資本比率を維持するための社債の利払い分の資金は確保している」とのことだ。また、ドイツ銀行自身も、今年の3月にこの社債の金利分として11億ユーロの資金は確保しているとコメントしていました。しかし、クレジット・サイト社は同時に「100億ドルを超える追徴金は、社債金利の支払い停止や延期につながる懸念が非常に大きい」とも述べていました。

そして、今やドイツ銀行は世界的にシステミックに重要な銀行28行の中でも、とくにシステミック・リスクの震源地となる可能性の高い銀行となっています。なにしろ、現状で当行の時価総額はネット上の格安宿泊施設探しサイトを運営する新興企業、エアビーアンドビーより低いのです。表面的には平静を取りつくろっていますが、欧州中央銀行(ECB)やIMFの幹部職員たちは、ドイツ銀行が破綻したら、世界中の金融業界にどの程度の衝撃波が走るのか、おちおち眠れない夜を過ごしているに違いありません。

額面17億5000万ユーロで、金利6%のTier1資本必要額を満たすために発効された当行の社債は債券市場で急落しており、当行の長い歴史で初めて額面を大きく割りこむ価格で償還を迎えることとなるでしょう。

金融業界筋によれば、ドイツ銀行が自己資本と引当金を全部かき集めても総額は50億ドル(約5000億円)程度が精いっぱいで、100億ドルを超える追徴金を支払える可能性は限りなくゼロに近いといいます。しかし、一見突拍子もない巨額追徴金に見える、この司法省の判断の背景は複雑です。

現在のアメリカの税制では、大企業が「海外事業からの利益中の現地での投資分」には、アメリカ本国では非課税となっています。アメリカの大企業は、この特例を利用して現地投資と称して実際には積んでおくだけの膨大な現預金を、ヨーロッパ各地に持っています。

この税制が、アメリカ大企業に不当な国際競争力上の優位を与えているということで、ヨーロッパ諸国はアメリカ企業の現地法人に対して課税強化をもくろんでいます。アメリカ政府はドイツ銀行を人質にとって、この課税強化の動きを牽制しているわけです。そして、ヨーロッパ諸国の中でもドイツ銀行の破綻で大きな被害が出そうな国と、あまり被害のなさそうな国との間で、足並みが乱れ始めているらしいのです。

ただ、これがアメリカ政府側による一方的に敵の弱みを衝くというだけの政治的な立ち回り方なのかというと、決してそうではないようです。ドイツ銀行側にも十分、弱みを衝かれても仕方がない理由があったようです。

2008年のリーマンショックで破綻した大手投資銀行のリーマン・ブラザーズはアメリカの金融業界の中でも突出した規模のデリバティブを保有していました。なぜアメリカの金融当局は他の投資銀行の大部分、そしてAIGという巨大保険会社まで大金をつぎこんで救済したにもかかわらず、リーマン・ブラザーズを見殺しにしたのかという点については、今でもさまざまな説が語られています。

しかし、一番単純で、そしていちばん説得力があるのは、リーマンが抱えていたデリバティブの想定元本があまりにも巨額だったという説明です。正直にリーマンが背負い込んでいた損失を全額引き受けていたら、アメリカ連邦政府の威信と、連邦準備制度のドル札を際限なく刷りまくる能力をもってしても、自分たちが確実に生き延びられるかどうかさえ定かではないということで、二の足を踏んだというのが真相です。

実は、当時ドイツ最大の銀行であるドイツ銀行もまた、2007年初夏の125ユーロを上回る株価から、2009年初頭の大底では20ユーロを割りこむところまで暴落していました。その頃から、ドイツ銀行はヨーロッパ系の銀行グループの中で最大級のデリバティブを保有していて、あの金融危機を乗り越えられるかどうかが疑問視されていたのです。

しかし、ドイツ銀行はこの危機をなんとか乗り切りまhした。そして、金融危機後の戻り高値こそ約70ユーロと最高値の半分強にとどまりましたが、危ない資産ポートフォリオを安全な方向に再構築する時間的な余裕はあったはずです。しかし、ドイツ銀行の経営陣はその努力を怠っていました。むしろ、ますます危険度を増す方向に自行のかじ取りをしていました。

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