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ヨーロッパ金融業界が直面するのは、危機ではなく慢性的な病気が原因


今年の6月24日に、ヨーロッパ中のすべての銀行株がいっせいに急落したことがありました。当時、この急落はイギリスのEU離脱に関する国民投票の結果が、予想に反して離脱賛成と出たことに対するショック安だと解説する向きが多かったようです。

しかし、イギリスのEU離脱騒動は遠い昔のエピソードに過ぎなくなった今でも、ヨーロッパ中の大手銀行のほとんどが、過去1年間の最高値との比較で通常ベア相場のメドとされる20%以上の下落をしているのです。

もちろん、個別要因を挙げれば、今度はイギリスのEU離脱ではなくドイツ銀行の経営不安の深刻化を真犯人と指摘する人が多いでしょう。しかし、これだけ多くの大銀行がこれほど深刻に値下がりしているのは、どう考えても一過性の危機のせいではないようです。ヨーロッパ金融業界全体として、解決すればなんとか元のサヤに収まる危機ではなく、慢性的な病気によって時々刻々と体力が奪われつつあると考えるべきでしょう。

6月23日に実施されたイギリスのEU離脱に関する国民投票は、世論調査会社による直前予想に反して賛成派多数となっていました。しかし、イギリスのEU離脱決定の直後は「直接的な影響がもっとも大きいだろう」とされていたイギリスの大手3行が、軒並みたった2営業日で30%前後の大暴落しました。

ちなみに、HSBC(香港上海銀行)だけがわずか3.6%の下げで済んでいたのですが、これにはそれなりにもっともな理由があります。イギリス国民にとって略号が正式照合になる前にはHong Kong Shanghai Banking Corporationと名乗っていたHSBCは、イギリスより中国・香港系の大銀行というイメージが強かったせいでしょう。また、HSBC経営陣も当面するヨーロッパ金融情勢の厳しさを予期して、本店の香港への移転をほのめかすなど、積極的にこうしたイメージを助長しようとしていたようです。

この頃から、問題の本質はイギリスのEU離脱などというヨーロッパ経済の大勢にはほとんどなんの影響もない話ではないという正論を吐く向きもありました。金融業界に対する見方がまっとうな人々は「ドイツ最大の銀行であるドイツ銀行が2007~2009年の国際金融危機直後の2010年~2013年のユーロ圏ソブリン(国債)危機直後の2014年に、合計で200億ユーロ(約2兆2600億円)にも上る強制転換条件付き転換社債(CoCo債)を発行していたのが、問題の核心だ」と指摘していました。

CoCoとはどんな社債かというと、銀行のみが発行を許され、バランスシートの資本の部の中でTier 1自己資本のすぐ上に記入されるので、AT1債とも呼ばれる転換社債です。償還期限はなく、つまり銀行側は際限なく社債のまま放置しておくこともできるし、約束した支払い金利は経営状態が悪化すれば、これまた無期限で支払いを停止することもできます。

さらに、Tier 1資本に欠損が生じて国際決済銀行(BIS)の提唱する自己資本規制に抵触する可能性が生じた場合には、保有者の意向にかかわらず、銀行側が自己資本への繰り入れを宣言すれば、それが通ってしまうという、一方的に発行体側に有利で、買い手に不利な仕組みの社債なのです。

そもそも、BISとは、第一次世界大戦後に敗戦国ドイツに課されたとうてい払いきれるはずのない過重な賠償金をなんとか払いきれるようなスキームを提案しようと、戦勝国の政府・中央銀行などが寄り集まって設立した到底不可能な難題を背負わせる国際金融機関でした。

そのBISが第二次世界大戦後、ヨーロッパ系白人が世界中の大手金融機関を牛耳っている世界ではやはり実現する見込みのない植民地状態を脱した新興諸国が、健全な経済発展を遂げるための国際金融の枠組みをつくることを標榜するIMF・世界銀行に到底不可能な課題提出の担い手というお株を奪われてしまいました。そこで、組織としての自己保存本能を発揮して選んだのが、国際金融市場における審判役でした。

そもそも、国際金融業務に審判役が必要なのでしょうか。必要だとしてもいったいどこのどんな組織が世界的に信頼される公平な審判役を務められるのかといった疑問はあります。この審判役が、それなりにもっともらしい理屈をつけて、「Tier 1と呼ばれる安全性の高い自己資本が総資産の何%以上に達している銀行以外は国際金融業務に関与してはならない」と宣言するのは勝手です。各国政府にも、銀行各行にも、このルールを尊重する自由も無視する自由もあるからです。

しかし、「自己資本が総資産の何%を超えていれば安心して国際金融業務を任せられるが、それ以下なら危険だ」と宣言しておいて、正直にTier 1自己資本の充実を図らせるのではなく、CoCo債(AT1債)などという抜け道を容認し、大手銀各行がこの抜け道を使うことを奨励するのは悪質な気がします。投資家や預金者に損害を与えてでも自行の儲けを膨らまそうとする大手銀各行と共謀して詐欺の片棒を担いでいると言われても仕方がないでしょう。

怖いのは、BIS、IMF・世界銀行、連邦準備制度(Fed)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行、日銀、中国人民銀行といった有力中央銀行の後押しで、こんなでたらめな条件の社債の発行が実現してしまうことだけではありません。あまりにも金融市場一般が低金利状況なので、ドイツ銀行の例では年利6%という高利を約束すれば、瞬時にこれほど危険な社債が市場で消化されてしまうことのほうがもっと怖いのです。

実際、2回にわたって発行されたドイツ銀行の額面1ユーロのCoCo債も、利回り選好が極限まで行ってしまった流通市場で、2014年発行分の発行直後の2014年初頭には1.04ユーロで、2015年4月にいたっても1.02ユーロで流通していました。つまり、2010年発行分を利払い後に売却した投資家は大儲けができたし、利払い前でも少額の利益を出しながら売却できていたのです。

このドイツ銀行のCoCo債が暴落に転じたのは、6月24日のイギリスのEU離脱より半年近く早い2016年1月のことで、2月には額面1ユーロに対して70セントにまで下がっていました。その時点では、ドイツ政府当局による長広舌と追加的な資金投入によって約1ヵ月半で87.5セントに持ち直していました。

当時の最大の資金投入は、ドイツ銀行自身が投資家から自行の社債を買い戻すというものでした。しかも、この買戻し計画には当然のことながら銀行のTier 1 資本増強を狙って発行されたCoCo債はふくまれていなかったにもかかわらず、普通社債の値戻しにつれて、CoCo債の価格までもが、回復していたのです。

結局のところ、イギリスのEU離脱の影響は日次で最大の下げとなった6月27日時点でも3.7%下げて77セントに反落した程度でした。このことからも、イギリスのEU離脱はヨーロッパ諸国の金融業界を揺るがすような大事件ではなかったことがわかるのです。

ちなみに、7月上旬に75セントまで下げていたCoCo債の価格は、9月上旬にはほとんど何ひとつ好材料があったわけでもないのに、85セントまで戻していました。現在のドイツ銀行株と同行CoCo債の苦境は、まったく根拠のない楽観論が8月末から9月初めに台頭したことに対する反動なのです。

ドイツ銀行破綻のタネは、2006~2007年当時にリーマン・ブラザーズなどと保有デリバティブの想定元本で世界最高額を争うと言われていたほど、デリバティブをかき集めていたとき、すでに蒔かれていました。

そして、2008年のリーマンショック直後にも、2011~13年のユーロ圏ソブリン危機直後にも、保有デリバティブ総額を圧縮するより、いざというときにTier 1資本に転換できるCoCo債を発行するという姑息な手段で対応していくうちに、しっかり根を張り、つぼみもつけていたのです。今さら、このつぼみから大輪の花が咲き誇ることを阻止しようとしても、根こそぎ掘り起こして枯れさせるとか、茎をせん断するとかの荒療治以外に方法はありません。

現在、イタリアでは上場大銀行のほとんどが、1ユーロにも満たない数十セントの株価で取引されています。中でも、国立銀行として1472年に創業し、現在も存続している銀行では世界最古と言われているモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の惨状は、象徴的です。

当行は、今もなおイタリア第3位の預金量を誇る大銀行ですが、過去52週間の最高値が1ユーロ60セントだったのに対し、直近では20セントまで下がっています。ギリシャのナショナル銀行の98.4%に次いで、第2位の87.5%の大暴落となっています。

イタリア銀行業界は、欧州中銀の公式推計でも総額3600億ユーロ(約41兆円)という巨額の不良債権を抱えており、実情がこれよりどのくらい大きいのかについてはわかっていません。確実に言えるのは、刻一刻と総額が膨らんでいるはずだということぐらいでしょう。ただし、問題がドイツ銀行1行だけでもなく、イタリア銀行業界だけでもなく、ヨーロッパ金融業界全体を覆っていることは、29行中、じつに24行がベア相場入りの目安とされています。

なお、ユーロ圏の銀行のみでの比較となっているので、ポンドを自国通貨とするイギリスの大手銀各行は出てきません。しかし、先ほどもご紹介したとおりの理由でHSBC(香港上海銀行)だけは過去1年間の最高値から11%の下落にとどまっているものの、バークレイズは44%下落、RBSは47%下落、ロイズ・バンキングも29%の下落となっています。つまり、ユーロ圏には属さず、独自通貨ポンドを擁するイギリスを本拠としていることも、ユーロッパ銀行業界を覆う懸念をまぬかれる材料とは見られていないのです。

今までのところ、イギリス本国より中国・香港で強いと見られていることは、多少の救いになっているようです。HSBCとともに、イギリス系というよりは香港系と見なされているスタンダード・チャータード銀行も過去1年間での最高値からの下落率を16%にとどめています。しかし、中国経済の今後を考えれば、これは単に危機の到来を先延ばしにしているにすぎないでしょう。

そして、ヨーロッパ金融業界にたれこめる暗雲の正体は、はっきりしています。資金運用者にとって安全確実に獲得できる金利があまりにも低いことです。だからこそ、イタリア銀行業界全体としてすさまじい金額の不良債権を溜めこんでしまったのだし、CoCo債のように投資家に不利なことがわかりきっている債券にまで利回りに釣られて手を出すプロの投資家が後を絶たないのです。

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