HOME階層下がるコラム一覧階層下がるAtlasの新しい方向性コラム ヨーロッパの政治・経済・社会・歴史編階層下がるイギリスのEU離脱にともなう欧米諸国銀行業界...

イギリスのEU離脱にともなう欧米諸国銀行業界の負担


欧米諸国の銀行業界がイギリスのEU離脱によってこうむる損失の大きさを比較しているようです。イギリスのEU離脱決定以前の段階で、すでにイギリス・アメリカ・ドイツ・フランス・イタリア5ヵ国の銀行業界は国際的な取引に関与する銀行としては国際決済銀行(BIS)の規定する安全資本の額が不足していると指摘されていました。

金額ベースで見ると、アメリカが突出して大きいようです。しかし、国民経済の規模が大きいアメリカにとって、イギリスのEU離脱によって銀行業界の資本不足額が3000億ドル弱から4000億ドル近くまで増加することのインパクトは、GDPとの比較で言えば1.7%程度だったものが2%強になる程度の微々たる変化でしかないようです。

ところが、金額ベースでは2~3位を占めていたフランスとイギリスにとってのインパクトは、それぞれGDPの11%強から13%弱で1位、そして9%強から11%弱で2位と、非常に深刻なものとなっています。つまり、国民経済の規模との比較で見るとフランスやイギリスの銀行業界にとっては、イギリスのEU離脱が銀行業界の安全資本不足額をかなり顕著に増加させることになります。

ここで重要なのは、これはあくまでもこれら5ヵ国の銀行業界にイギリスのEU離脱が与えるインパクトに関する推計であって、当該諸国の国民にとってのマイナスではないということです。それぞれの銀行が国際金融業務を安全確実に遂行するには、良質の資本の保有高が少なすぎるというだけのことであって、ただちに各国政府が国民から徴収した全金で救ってやらなければならない性質の欠損ではありません。

もちろん、先進諸国の金融業界が受ける被害となると、これはそうとう深刻なものになるでしょう。中でも、イギリスをふくむヨーロッパ諸国の金融業界に対するインパクトは非常に大きいようです。

バランスシートと銀行業界総資産の対GDP比率が、日米欧でどう違っているかというと、イギリスとユーロ圏では、庶民や非金融業の企業は慎重ですが、肥大化した金融業大手はすさまじいリスクを取ってバランスシートを膨張させてきました。

2013年の時点で、イギリスがGDPの約4.6倍、フランスが4倍弱、ドイツでさえも約2.8倍となっていて、ちょうど2倍の日本や0.8倍程度のアメリカよりはるかに大きな負担となっています。バランスシート全体に対する比率では小さめの実現損、評価損を計上しただけでも、かんたんに自己資本が消し飛んでしまいそうな財務体質になっています。

欧州中央銀行(ECB)が行っている量的緩和とは、ユーロ圏各国の国債や投資適格社債の購入によって、金融市場に資金を注入することです。そして、ECBは日銀より早くからマイナス金利政策(ユーロ圏の銀行各行がECBの預金に金利を付けずに、保管手数料を取ること)を採用していました。しかし、景況はまったく好転しないのに、こんな小手先の金融政策で融資を拡大させようとしても、成果が上がるはずはありません。

ユーロ圏諸国の国民は現在直下の不況に対して、少なくともアメリカ国民よりはるかに素直で論理的な対応をしているようです。国民経済の重要な部門について2008年第1四半期を100とした指数で、ユーロ圏とアメリカの動向を比較していると、アメリカでは国際金融危機の大底が83前後まで下がり、2014年にやっと100(2008年第1四半期の水準)を突破し、2015年は約103となっています。

一方、ユーロ圏の投資は国際金融危機のどん底では85前後への下落にとどまったが、お膝元であるユーロ圏ソブリン(国債)危機の大底では82まで悪化し、直近でかろうじてピークより15%も低い国際金融危機の底まで戻せたに過ぎません。

消費は、ユーロ圏でもアメリカでも大底が97~98の小幅な下げにとどまっています。しかし、回復過程は大きな差が出ていて、アメリカは2015年に111まで上昇しているのに、ユーロ圏はなんとか100に戻すに留まっています。

アメリカの好況は、ハイテク分野でのガリバー型寡占と、金融業界が産油国・中国にとっての経常黒字、アメリカにとっての経常赤字をアメリカ金融市場に還流させることによって荒稼ぎしたものです。今後中国・産油国の運用原資がすり減っていけば、国民経済の落ちこみ幅はこれまでの好調ぶりが仇となって大きくなるでしょう。

一方、ユーロ圏諸国は国際金融危機のころに比べれば投資が慢性的に10~15%減少しているにもかかわらず、消費は危機前の水準に戻すことができています。今後の慢性的な過剰資本削減不況が国民の生活水準に及ぼす被害は、アメリカのほうがユーロ圏よりはるかに大きいでしょう。

いまだに政府や中央銀行が正しい政策を正しいタイミングで打ち出せば、経済は回復するという信仰が、アカデミズム経済学の世界でも金融市場の実務家たちのあいだでも圧倒的な多数派を占めているようです。

現代経済学における政策論争は、「すべての病気は血液がけがれることによって起きる」という根拠のない迷信を後生大事に守り続けていた中世ヨーロッパの医者たちの論争を思い出させます。病気は悪い血が起こすという固定観念を捨てられなかった彼らは、どちらも有害無益な血管を切り開いての瀉血が正しい処置なのか、ヒルに血を吸わせるのが正しい処置なのかに関して喧々諤々の大論争をくり広げていたのです。

現代経済低迷の核心は、中国が異常な過剰投資によってすさまじい量のムダな資本を蓄積してしまったばかりか、世界中の資源国が中国による資源の爆買いが永遠に続くという無邪気な想定でエネルギー資源・金属資源の生産設備をべら棒に拡大してしまったことにあります。

これは、財政政策でも金融政策でも解決することのできない難題です。なぜかといえば、財政政策も金融政策も、共通の出発点は「総需要が少なすぎることが経済問題の核心だ」というところにあるからです。

財政政策派=ケインジアンも、金融政策派=マネタリストも「総供給が過大であることが、問題の核心だ」という議論が成立しうるかなどと考えても見ない点では、まったく同じ穴のムジナといえるでしょう。そして、なぜ「総供給が過大だなどという問題は存在しない」と決めつけるかと言えば、総供給過大→投資の縮小→金融市場の役割低下というシナリオは、経済学界全体の最大のスポンサーである金融業界が許さないからです。

しかも、現代世界では手っ取り早く過剰資本状態を解消するための全面戦争という選択肢は、ほんの少しでも責任感を持ち合わせた政治家にとっては、絶対に使えない禁じ手になります。つまり、現代世界が直面しているのは、かなり長期にわたる資本の削減と損耗以外に抜け出す方法のない長期不況なのです。

webフォームから体験申込みをする方はこちら

TOPへ戻る

Copyright Atlas Corp. All Rights Reserved.