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新興国の勝利によりヨーロッパが没落した


新興国債券ファンドへの資金流入額が週次では史上最高の49億ドル(約4900億円)に達していました。一方、正反対の方向に同じような振幅の大激動が生じていました。ヨーロッパ諸国の株式で構成されたファンドからの資金流出量が、これまた週次では史上最高の62億ドル(約6200億円)に達していたのです。

2つを見比べて、振幅の大きさがほぼ同じで方向が反対だという事実からも分かるとおり、これは世界中のプロの投資家がいっせいにヨーロッパ株から逃げ出し、新興国債券になだれこんだことを示しています。

ヨーロッパ株から資金が逃げ出す理由は、とても分かりやすく、イギリスのEU離脱のもっとも重要な意義は、15世紀末から少なくとも20世紀半ばまで続いていた欧米諸国による世界市場の制覇が、ついに退潮に転じたことを象徴するできごとだったという事実にあります。

しかし、イギリスのEU離脱という「ヨーロッパ超大国化の夢への弔鐘」によって、新興国の債券市場が恩恵を受けるべき理由がたったひとつでもあるでしょうか。何ひとつ、思い当たる利点はありません。しかし、ヨーロッパ株ファンドから流出した資金の大部分は、新興国債券ファンドに逃げ場を見出しました。これこそ文字どおり、「飛んで火に入る夏の虫」というべき状況でしょう。

このことわざ、なんとなく日本古来の、あるいは中国から伝わった格言のような気がします。実は、ヨーロッパ起源で、英語で言えば「Out of frying pan into fire」と書きます。「フライパンで焼かれていて熱くてたまらなくなった虫が、その鍋から飛び出したら、もっと熱い炎の中に突っこんでしまった」という意味です。ヨーロッパでバタバタと大手企業が債務不履行や破綻に追いこまれる情勢になったら、経済基盤がはるかに弱い新興国の債券はもっと手ひどくやられるでしょう。

ここに、金融業界が異常に肥大化した社会の根源に存在する狂気が露呈しています。特定の運用対象から大金を回収したファンドマネジャーやアセットアロケーターがまず考えることは何でしょう。相場が極端に不安定化しているから、しばらく現金のまま持っていようなどという優雅な方針を貫ける人は、ごく少数にとどまります。

回収した資金をなんらかの投資対象に振り向けなければ運用益が稼げないからです。そして、ゼロ金利やマイナス金利が日常化している日米欧の債券ファンドに振り向けても、運用益が稼げないという状態は厳然として存在し続けます。

これが5~6年前なら新興国債券ファンドはヨーロッパ株ファンドと比べて資金規模が小さすぎて受け皿にならなかったでしょう。しかし、近年新興国債券ファンドも流動性が画期的に高まっていて、ヨーロッパ株ファンドから逃げ出した資金の受け皿になり得ます。

そこでは、目先の運用益確保という短期的な視点だけが重視され、現状で新興国債券ファンドを持っていることがいかなる危険をはらんでいるかといった中長期的な視点はすっぽり欠落してしまうのです。

こうした事情を背景に、2016年7月第3週にいたる3~6ヵ月間の世界金融市場では、以下のような何十年に一度起きるか起きないかといった異常な資金移動が目白押しで起きていました。

世界中の株式を根拠資産とした運用商品の資金流出入は、ETFに36億ドルの流入があった反面、投資信託で98億ドルの流出があって、差し引き62億ドルの流出でした。

これをさらに以下4地域の内訳で見ると、新興国株が7月第3週までの12ヵ月間で最高の47億ドルの流入となっていました。ヨーロッパは、すでに見たとおり、62億ドルの流出で、これは24週間(つまり半年弱)連続の流出となっていました。日本は7月第3週までの12週間で最大の11億ドルの流出でした。アメリカはどちらかと言えば小さめの27億ドルの流出でした。

株・債券を含む日本特化型ETFの運用資産総額は、年初来7月第3週まで42%減少しました。それほど延々と、日本の金融市場全体からの資金流出が続いているのです。

株式市場の資金流出入をセクター別で見ると、金融株には2015年12月以来で最大の8億ドルの流入がありました。上場不動産投信は7月第3週までの5週間で4週間の流入となっていて、7月第3週は6億ドルの流入でした。ハイテク株からは7月第3週までの5週間で4週間流出が続き、7月第3週は6億ドルの流出でした。

世界中の債券市場には、7月第3週までの16週間のうち14週間資金が流入していました。ハイイールド債は3週連続の流入で、7月第3週の流入額は21億ドルでした。投資適格社債からは1週間で52億ドルもの資金が流出していました。

地方自治体債には44週間連続の流入があり、7月第3週の流入額は9億ドルでした。先進各国の国債および米国財務省債からは、7月第3週までの15週間で過去最高の14億ドルの流出がありました。

新興国債券がこれだけ巨額の資金を集める中で、当然突出した資金を惹きつけているのは問題山積の中国です。中国商務省が7月19日に発表した世界の対中国直接投資総額は、前年同期比1.5%増の694億ドル(約7兆3500億円)と微増に過ぎませんでした。しかし、国別ではアメリカが前年同期比で2.4倍、ドイツが同9割増と、抜け目なく立ち回る企業経営者や投資家が多い国ほど、顕著に増えています。

一方、日本による対中直接投資は前年同期比14.4%減の17億2000万ドル(約1720億円)にとどまりました。意思決定も資金移動の執行も鈍重だから、もっと投資を拡大したくてもできなかったのでしょう。やはり、企業エリートや金融業界関係者の凡庸さ、決断の遅さこそ、日本が世界に誇る無形資産です。

イギリスによるEU離脱の最大の意義は、「ヨーロッパ統一国家の創設」という目標が幻想あるいは妄想にとどまることを、当事者国の中の1国が宣言したことにあります。ヨーロッパと違って、人工国境帝国になりおおせた国々の展望も暗く、ソ連崩壊から生まれたロシア連邦は、さらに多くの独立国に分裂していくでしょう。

中国は言語圏に沿って5~6の独立国に分裂するだろう。アメリカ合衆国は、プアホワイトと黒人・ヒスパニック間の経済暴動が頻発し、世界有数の危険国だという認識が定着するかもしれません。

なるべく国土が広く、人口の多い国こそが強国・大国だという発想は、国家間の戦争が起きなくなった世界では説得力を失います。そして、15世紀末からひたすら軍事力の強さによって全世界を制圧してきた西欧諸国は人工国境帝国の樹立に失敗し、言語圏ごとに分かれた小国の集合体、つまりは14世紀以前の姿に戻っていくでしょう。

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