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ユーロ圏は、マイナス金利による世界経済の最初の犠牲者か?


日銀は2016年9月22日に予定されている次の政策会合でインフレ目標達成のための具体策どころか、同じ目的を共有しているという姿勢さえ打ち出せないのではないかという懸念から、日本国債の金利が急騰(暴落)したことがありました。その時点では、日銀や年金管理運営法人による必死の買い支えもあって、日経平均は1万7000円近辺で推移していたので、結局大げさな噂にふり回されただけ済んだようです。

しかし、それまで史上最長の前日比変化率1%未満が続くというこう着状態だったダウジョーンズ工業平均が、一挙に約2.5%の急落となりました。すると、「あの日本国債の利回り急騰には、単なる相場以上の意味があったのではないのか」という議論が蒸し返されているようです。

これが、日本だけの話ならいいですが、政府・日銀も、国という強い権力と大企業・大手金融機関という大きな財力に身も心も魂も売り渡した経済学者たちが、何がなんでも日本経済にインフレを呼び戻そうとしても、そうはならずに政策当局も経済学者も混迷の度合いが一段と高まったというだけのことだからです。

ところが、単純に経済圏の規模で比べれば日本よりはるかに大きく、アメリカよりも大きなユーロ圏が、まったく同じ状態に陥っているのに、その金融政策上の大元締めである欧州中央銀行(ECB)が、日本政府・日銀と同じような大本営発表で、実体経済と政策との亀裂をますます深めているとなると自体は大ごとです。

量的緩和、すなわち中央銀行の資産規模膨張が、実体経済の刺激にはまったく役立っていないことは、はっきりとわかりました。

アメリカの中央銀行である連邦準備制度(FED)はすでに量的緩和政策の意味の無さに気づいていて、自行のバランスシートを拡大しないという方針に転換しています。ユーロに換算して4兆ユーロ(米ドルで約4兆5000億ドル、日本円で約460兆円)を突破したころから、なんとか4兆5000億ドル未満に抑えこもうという方針が採用されているのです。

ところが、日銀の異次元緩和の化けの皮がはがれはじめた2015年3月になってからマリオ・ドラギ欧州中銀総裁が、ユーロ圏の国債ばかりか大手企業の社債まで大量購入して、総資産を急拡大する方針を打ち出したのです。

その後、わずか16ヵ月で、欧州中銀が買い入れたユーロ圏の国債・社債の総額はなんと1兆ユーロを突破し、その間に欧州中銀の総資産は2兆ユーロを若干割りこんだ水準から、3兆3000億ユーロにまで肥大しました。

ユーロ圏自体がまったく経済環境も国内の政治勢力地図も違う国々の寄り合い所帯ですから、国債や社債の買い入れにも複雑な規律が必要です。欧州中銀の場合、ユーロ圏内諸国のGDP貢献度で按分して、GDPの大きな国からはより多額の国債・社債を買い入れ、GDPの小さな国からは少額しか買い入れない仕組みになっています。

具体的な数字で言えば、ユーロ圏内でGDPが最大のドイツからは2380億ユーロ分の国債・社債を買い入れ、2番目のフランスからは1890億ユーロ分、3番目のイタリアからは1640億ユーロ分を買い入れてきました。

ほんのちょっとでも、経済がどう動くかが理解できている人なら、この段階で欧州中銀の量的緩和政策がいかに愚劣な仕組みなのか予測できるでしょう。そもそも量的緩和策は、経済を刺激して景気を良くするために採用された政策のはずです。

ユーロ圏内でGDPが2位、3位のフランス、イタリアは都合よく実体経済も低迷しているから、この国債・社債の買い入れにもそれなりの効果を期待できるかもしれません。しかし、ドイツは圏内でGDPが最大であるばかりではなく、実体経済もいちばん健全に推移しています。

そんなところに欧州中銀から国債・社債の買い入れ代金として現金を大量注入しても、景気を過熱させ、市中金利一般をますます引き下げるだけで、なんのプラス効果も期待できないにもありません。そういう愚策に、すでに1兆ユーロを超える大金を投じてしまっているのです。

欧州中銀が量的緩和政策の拡大を発表したのは2015年3月ですが、この政策が実施されたのは同年6月からでした。ものの見事に6月末から7月初めを境に、欧州中銀の総資産の伸びは加速する一方、製造業の新規受注もユーロ圏諸国における期待インフレ率もかなりのハイペースで下落が続いています。

そうこうするうちに、欧州中銀が保有する社債総額は205億ユーロ、資産担保証券の総額は199億ユーロに膨張しています。差し迫ってカネを必要としているわけでもないドイツ企業の社債を大量購入しても、ドイツ国債ばかりかドイツの大企業の社債までマイナス金利にしてしまうだけで、ユーロ圏全体の実体経済低迷を緩和する効果は何もないことに、いまだに無自覚のようです。さすがに、欧州中銀の政策会合では、この量的緩和の実施期間を半年延長して2017年9月までとすることは見送られています。

しかし、最近のアメリカ金融市場は、実体経済が悪くて国家による金融市場への介入が強まることばかりを歓迎してきました。だから、アメリカの株式相場が急落したのは、この量的緩和政策の期限延長が打ち出されなかったことに対する失望感が影響しているかもしれません。

フランスの大手銀行によれば、この毎月の買い入れ目標800億ユーロというペースで国債・社債の買い入れを続けると、欧州中銀は今年末までに買い入れ可能なユーロ圏諸国の国債の50%を買い入れてしまうことになります。そして、製造業新規受注額や期待インフレ率の推移でも、十分わかるように、これだけの金額をばら撒きながら、実体経済を浮揚させる効果は、ゼロどころかマイナスなのです。

EU諸国の2017年予想GDP成長率がピークに達したのは2015年12月初旬で、当時は1.8%弱の成長が期待されていました。ところが、同月中旬には1.7%に下がり、2016年3~6月は1.6%と比較的小さな下方修正にとどまっていましたが、2016年7月には一挙に1.6%から1.2%へと急落しています。

これだけはっきり、量的緩和の拡大は失敗だったという証拠を突きつけられた欧州中銀幹部は、自分たちの非を悟って方針転換をし始めたのでしょうか。どうやら、彼らに失敗から学ぶというような知的能力を期待するのは、甘い幻想にすぎないようです。欧州中銀の幹部は、次のようなコメントをしています。

オーストリア中央銀行総裁であり、欧州中銀の理事会メンバーでもあるノウォトニー氏は「拡大版量的緩和政策は、当初の期待以上の効果を発揮した」とも、「ユーロシステムは更なる緩和が必要なら、いつでもその必要に応えることができる」とも語っています。

第二次安倍晋三内閣発足以降の日本政府・日銀やリフレ派経済学者たち同様に、彼らは現実を直視する能力を失って、大本営発表のようなことしか言えなくなってしまいました。欧州中銀の場合、とくに問題となるのはこの金融機関が一国の中央銀行ではなく、脱退しようと思えば脱退する権利を保持している数ヵ国の国々の合意によってなんとか政策を打ち出し、実施している組織だというところにあります。

しかも、その脱退の動きは、かなり不利な立場に置かれ続けてきたスペイン、ポルトガル、ギリシャからだけではなく、ユーロ圏3大国の一角として比較的潤沢な資金供給を受けているイタリアからも出ているのです。

現在、イタリアではレンツィ首相が先頭に立って、不当に大きな権限を与えられているため腐敗・汚職の巣窟となっているイタリア国会上院の権限を削減することに関する国民投票が10月実施というかたちで明確な政治日程に上っています。

レンツィ首相としては、このいかにもご立派で国民の良識に訴えそうな争点での国民投票での勝利を利用して、ユーロ圏寄りの自分の政策スタンスに対する信任を得たことにしたいと思っているらしいのです。

その点では、まず離脱派が多数を占めることはあるまいとタカをくくってEU離脱をめぐる国民投票を実施して、離脱票が多数となったために辞任を余儀なくされたイギリスのキャメロン首相と非常に似た境遇にあります。

ただ、キャメロン首相は曲がりなりにも総選挙の洗礼を受けて第一党となった保守党党首として、イギリス首相に就任しています。一方、イタリアのレンツィ首相は、選挙の洗礼を受けずに前任者のスキャンダルで首相に成り上がった人間が3代続いた中でのその3人目なのです。イタリア国民の中には、国民投票の骨子である上院権限の削減には賛成ですが、レンツィが首相に居座ることが気に食わないから反対票を投ずるという人も多いようです。

国民投票の趣旨には賛成ですが、ユーロ圏べったりのレンツィが嫌いだから反対票を入れるという人たちが多数を占めれば、次に政治日程に上るのはイタリアのユーロ圏脱退ということになるでしょう。

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