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イタリアはユーロ圏入りして何の得もなかった


まだユーロという不換紙幣がこの世に存在せず、ドイツではマルク、フランスではフラン、イタリアではリラが通用していた頃、イタリアには経済的な苦境を自国通貨であるリラの引き下げと財政出動の拡大で切り抜けることができたと、少なくともユーロ反対派は確信しています。

1992年~1995年にかけて、イタリア政府は財政赤字がGDPの7~9%に達するという深刻な財政難に陥っていました。しかし、この頃から1998年まで当初は1100リラ出せば買えていた1米ドルが1900リラ出さなければ買えないところまでリラ安政策を進めたら、財政赤字はGDPの1~2%に圧縮できたというのです。

基本的に輸出品の7~8割が中間財や資本財になっている先進諸国間の貿易では、「自国通貨を安くすれば輸出拡大、貿易収支の改善につながる」という議論はほとんど通用しません。さらに、貿易赤字と財政赤字のあいだには直接的な関係はないようです。現に、1981年~1986年にかけては、リラが安くなればなるほど財政赤字も拡大するという悪循環も続いていました。

しかし、経済政策論争で重要なのは、歴史的、実証的な証拠が何を指し示しているかではなく、みんながどう考えているかということのほうです。そして、イタリア国民の大半が「ユーロ導入後より、導入前のほうがずっと良かった」と確信していることについては、経済刺激策としての自国通貨の価値毀損政策の是非以上に有力きわまりないデータがあるのです。

ユーロ導入前のイタリア国民の1人当たりGDPは、安定してフランス国民の1人当たりGDPより高かったのです。ところが、ユーロ導入後、フランスが急速にキャッチアップし、2008年~2009年の国際金融危機勃発直前には、イタリアを抜きました。しかも、イタリアの1人当たりGDPは国際金融危機後下がり続けているのに、ドイツは一過性の落ちこみをのぞけば堅実な成長を続け、フランスでさえ危機後も横ばいを維持しています。

こうなると、イタリアでは政治的に大きな争点が形成されると、たとえその争点は直接ユーロという共通通貨の是非を問うものではなかったとしても、民意は「ユーロ圏にとどまるのが得策か、離脱するのが得策か」で別れることになるでしょう。

だから、「レンツィが自己保身のために提唱した国民投票で反対派が勝つことによって、ユーロ圏にとどまるか、離脱するかの議論に持ち込もう」という主張にも、非常に大きな説得力が出てきます。

しかも、ユーロの供給量とユーロ圏内の金利水準を管理しているはずの欧州中銀に対する信頼感は、イタリアやスペインのようなユーロ圏入りで損をした諸国ばかりか、ドイツやフランスのようなユーロによる受益国のあいだでも、どんどん下がっているのです。

2000年にはEU圏に居住する回答者の半数近くが「欧州中銀を信頼する」と答えていました。2015年には、その比率が30%台の前半に下がっています。しかも、この欧州中銀に対する30%台前半の信頼の大部分は、比較的最近旧ソ連・東欧圏からEUに加盟した経済規模の小さな国々の回答者によることは、スペイン、フランス、イタリアの信頼感が30%を割りこみ、ユーロ圏の創設で得をしていると思われがちなドイツでさえ35%にとどまっていることでもわかります。

なぜ、欧州中銀がここまで信頼を失っているかと言えば、もちろん政策が圧倒的に国や大企業や金融機関に有利で、庶民に不利なものだとわかってきたからです。

欧州中銀がユーロ圏で自行の投資適格条件を満たす社債の買い入れを始めてから、その直前の3ヵ月間は1.0%前後にとどまっていたヨーロッパの投資適格社債の平均金利が、0.6~0.7%まで下落しました。しかも、この方針はヨーロッパ中の大手企業全体を潤しているというわけではなく、極めつけの大企業に非常に偏った恩恵が発生しているのです。企業群が発行済みの社債の金利が顕著なマイナスになっています。

ダイムラー・ベンツ、ドイチェ・テレコムといった企業については、説明するまでのもないですが、アンハイザー・ブッシュはもともとバドワイザーを主力ブランドとするアメリカ地場の大手ビール会社だったのですが、2008年にベルギーの飲料大手インベブに吸収合併されて、今はその完全子会社となっています。

つい最近のニュースでは、ついにユーロ圏で2社が、新発債としてマイナス金利の社債を発行することが判明しています。1社はドイツの刃物大手ヘンケルで、もう1社はフランスのバイオテクノロジー大手サノフィです。

サノフィはともかく、ヘンケルは老舗とは言え、たかが包丁屋さんです。とにかく買える社債がほとんど見当たらないほど欧州中銀の基準を満たす企業の社債を買い尽くしてしまったため、欧州中銀の方から「もし新発債を出してくれるなら、金利を支払うのではなく、金利を受け取るという条件でもいいから、とにかく出してくれ」と泣きつかれて出したことは明らかです。

こんなことを続けていれば、当然ヨーロッパの社債市場全体がいびつな価格・金利体系を形成することになるでしょう。

欧州中銀の投資対象となる社債と、そうでない社債のあいだには歴然とした利回り格差が発生しています。欧州中銀の社債買い入れによって、ヨーロッパ中の債券市場がバブルを起こしているようです。しかし、その中でも欧州中銀が買い入れ対象としている社債の自国国債に対する金利スプレッドは、半年弱でほぼ3分の1に激減したのに対し、対象外の社債の金利スプレッドは約4割減にとどまっています。

欧州中銀の拡大版量的緩和が、これだけ強きを助け、弱きをくじくものであることがはっきりすれば、欧州中銀に対する信頼感が急落するのも当然です。しかし、ヨーロッパの債券市場でさえ、バブルは欧州中銀の一手買いで起きているわけではありません。国債にしろ、社債にしろ、マイナス金利で買っている欧州中銀以外の買い手も存在しているのです。

もちろん、最大の理由は欧州中銀は当分のあいだ百害あって一利ない量的緩和スタンスを緩めないから、マイナス金利の国債や社債を持ったまま、立ち往生することはなく、最悪でも欧州中銀に引き取ってもらえば、大損はしないということでしょう。

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