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ヨーロッパを一つにまとめる複雑さとアメリカ国内の死亡率


ここで、ヨーロッパ地域内に存在するいくつかの経済同盟の重複ぶりと、微妙なずれに関してまとめておきましょう。

経済力ではオランダ、スイスと肩を並べるトルコが、関税同盟以外のあらゆる汎ヨーロッパ的な経済同盟から排除されているのは、イスラム国は入れないという暗黙の了解がヨーロッパ諸国にあるからでしょう。

そして、ドイツは今、トルコのEU加盟に協力するというエサを撒いて、受け入れたものの働き口も探してやれずに困っている難民を引き取ってくれという交渉をしています。しかし、イギリスのEU離脱の動きを見て、関税同盟にさえ入っていれば、その上EUに加入して何かいいことがあるのかとトルコが疑問を抱きはじめたとしても不思議ではありません。

一番重要な基盤に立っているのは、あまりメディアで取り上げられることのないヨーロッパ経済圏(EEA)です。なぜ一番重要かというと、「商品やサービスの移動の自由は無限定だが、人の移動については緊急停止条項あり」としているからです。

この付帯条件が入っていれば、理想主義的なシェンゲン協定を掲げながら、同時にEU圏に参加していることによって崇高な建前とは正反対のダブリン協定をも守らざるを得なくなるという自家撞着をせずに済むようになります。

先進諸国におけるテロ報道がいかに欧米での事件を大々的に取り扱い、それ以外の世界中で起きた事件を軽く見ているかがわかります。

欧米でのテロ事件での民間人犠牲者数で強烈な印象が残るのは、2015年1月から2016年7月までの19か月間で、欧米では46件で658人の犠牲者が出ただけなのに、その他全世界では2063件で2万8031人の犠牲者が出ていたという全体像です。それでいて、テロ事件の報道は圧倒的にパリやアメリカ各地の大都市で起きたものについてのほうが多く、欧米人ひとりの命はその他全世界の国民約50人分の価値があるということなのでしょう。

やはり現代世界におけるテロ事件の3大温床はイラク、シリア、アフガニスタンです。このうち、アフガニスタンについては、旧ソ連軍によるアフガニスタン侵攻がきっかけでしたが、そのソ連軍に対抗するためにアメリカの産軍共同体が手塩にかけて育てたオサマ・ビン=ラディンを先頭とする自由の戦士たちは、ソ連がソ連式社会主義の押し付けに失敗して消えて行ったあと、アメリカがアメリカ式民主主義をアフガニスタンに押しつけようとすると、もっとも強硬な反対勢力に育っていきました。

そして、残る2か所については、明白にアメリカとその同盟軍が蒔いたタネが育って、テロ事件の頻発につながっています。1990年の湾岸戦争では、一応国連軍を指揮しての出動ということでさすがにフセイン政権の打倒というところまで突っ走れなかったことを残念がったブッシュ政権は、「フセイン政権が大量殺戮平均を実戦配備している」というまったくのウソを根拠に強引に2001年にイラク戦争でフセイン政権を倒し、フセインを死刑に処し、延々と続く内戦を呼び寄せたのです。

その後は、米英仏の有志軍による空爆が日常化するとともに、イラク・シリアを中心とした過激派組織、イスラム国(ISIS)の勢力圏も拡大しました。そして、ますます多くの空爆と政府軍、反政府軍入り乱れての内戦とテロの応酬という悪循環が定着し、拡大していきました。

これだけ無用な戦火の拡大に多大の貢献をしながら、アメリカは中東諸国から西回りでは大西洋を隔て、東回りではインド洋、太平洋を隔てた地域に存在しています。この地理的な事実によって、アメリカは膨大な人数の戦時難民をヨーロッパ諸国に押しつけたまま、自国内では平然と平和な日常生活を維持できているように見受けられます。

そうはいかないのが、因果はめぐる歴史の面白さでもあり、怖さでもあります。2001年~2016年の期間内に、イラクとアフガニスタンの2ヵ国で死亡したアメリカ国民の数は6888人でした。この数値には、軍人・兵士、軍属、戦争民営化による戦争請負会社社員の戦士だけではなく、一般企業に勤めるアメリカ人が現地での戦闘行為ではない仕事中に、内戦やテロに蒔きこまれて殉職したというケースもふくまれています。

ところが、アメリカの大都市全部でも、10大都市でもなく、シカゴ1都市だけで同一期間内に殺人の犠牲となった人の数は、なんと7916人で、イラクとアフガニスタンでの米国民の犠牲者総数より多いのです。

国民皆武装という中世的な観念が今も憲法に生きているアメリカでは、警察当局だけではなく、一般民間人も、そして犯罪組織もありあまるほどの銃を持っています。そういう国で、実戦部隊として戦場に送り込まれる兵士の多くは、軍隊組織以外ではほぼ一生うだつの上がらないことが目に見えている黒人やヒスパニック系ばかりということになれば、アメリカ国内の大都市でも、銃器を用いた大量殺人事件が続出するのは分かりきった話です。

先に崩壊するのは、崇高な理念と醜悪な現実との乖離が明らかになったEU=ユーロ圏でしょう。しかし、深刻な所得格差、資産格差、人種差別を抱えながら、抑圧されたマイノリティに軍事行動の大部分を担わせているアメリカ帝国の没落も、間近に迫っているのではないでしょうか。

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