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世界的に重要な銀行間のシステミック・リスク


今年2月初めの時点で、すでにドイツ銀行の株式時価総額は、保有している有形資産簿価の4割を割りこむ低水準に落ちこんでいました。世界中に存在するデリバティブの想定元本は1500兆ドル(約15京円:京は兆の1万倍)前後と言われています。そして、ドイツ銀行1行がそのうちの4%強に当たる60兆ドル(約6000兆円)を超すデリバティブを持っているのです。

もし、ドイツ銀行の幹部連に国際金融危機時に陥った危機一髪の破綻リスクに懲りて体質改善に取り組む意思があったとしたら、まっ先にすべきだったことは分かりきっています。とにかく、アメリカのマネーサプライが15兆ドル、世界全体のGDP総額が50兆ドル、そして世界中の債券・株式市場の時価総額が100兆ドルに過ぎないのに、デリバティブの想定元本は1500兆ドルに達しています。

そして、ドイツ銀行は、この総額のうちで4%強に当たる55兆6000億ユーロ(米ドル換算で60兆ドル強:約6000兆円強)を持っているのです。個別ポジションの勝ち負けをネットアウトした結果、想定元本のたった1%に当たる5560億ユーロの支払いを迫られるだけでも、自己資本と引当金の総額まで全部投げ出しても絶対に追いつかない金額となります。

にもかかわらず、ドイツ銀行はデリバティブ想定元本の圧縮という改革をやらなかったようです。現在も、単一の金融グループとしては世界最大のデリバティブ想定元本を抱えこんでいます。ドイツのGDP2兆7000億ユーロ、(約305兆円)の20倍強の55兆6000億ユーロ(約6280兆円)ということになっていますが、これはちょっと古い数字で、金融業界での最新の推計では70兆ドル(約64兆ユーロ、7000兆円)と言われています。

なお、デリバティブの想定元本については、同じ金融商品について、たいてい買い持ちと売り持ちのポジションが両建てでふくまれているから、全部清算した場合を通算した損失にしても、利益にしても、想定元本の数%に及ぶなどということはあり得ません。たかだか1%のそのまた何分の1かに収まるので、大げさに騒ぐことなはいという見方もあります。

これは大嵐で遭難した客船から脱出した乗客が、20人乗りの救命ボートに定員の数倍から数十倍の人数で乗りこんでいる状態で、「このままでは体重の重い人と軽い人のバランスが悪くて転覆の危険が大きいのです。だから、重い人と軽い人がバランスよく並ぶように席替えをしましょう」というくらい非現実的な話なのです。

そういう状態なら、たまたま重い人がもっと重い人の多い方向に一歩踏みだした途端にボートが転覆してしまうこともあり得ます。同様に、精算する順番で、大きな損失を出しているものが早く来てしまったというだけの理由で簡単に破綻してしまうこともあり得るのです。

というわけで、今度金融の大量殺戮兵器の犠牲者が出るとすれば、ドイツ銀行ではないかと考える金融関係者も多いようです。ただ、アメリカの有力銀行グループも、デリバティブの想定元本の大きさでは、かなり危ないところが多いのです。

シティグループは総資産1兆8000億ドルの29倍に当たる53兆ドル(5300兆円)、JPモルガン・チェースは総資産2兆4000億ドルの21倍に当たる51兆ドル(5100兆円)、ゴールドマン・サックスは総資産1兆ドル弱の50倍を超える51兆ドル(5100兆円)で、この3行が「3強」を形成している。さすがに50兆ドルは超えないが、バンク・オブ・アメリカ=メリルリンチは総資産2兆1000億ドルの21倍の45兆ドル(4500兆円)、モルガン・スタンレーは総資産1兆ドル弱の31倍を超える31兆ドル(3100兆円)を持っています。

そして、つい最近までアメリカの銀行業界では保守的な経営で定評のあったウェルス・ファーゴでさえ、総資産1兆7000億ドルの3.5倍に当たる6兆ドル(600兆円)を持っているのです。ウェルス・ファーゴの場合、組織ぐるみで行員に顧客に架空口座をつくらせ、莫大な金額の不正な手数料をだまし取っておきながら、クビにするのは下級マネジャーどまりで、取締役クラスは直接の責任者まで巨額の退職金とストックオプションをもらって悠々退職したというスキャンダルが発覚しました。ということで、完全に金融業界ロビーの言いなりになっているアメリカ議会でさえウェルス・ファーゴは痛烈な批判の矢面に立たされているので、この銀行はデリバティブどころではないでしょう。

今年年初来の世界的な銀行株の不振は、世界の金融センターのアメリカの大手銀行グループがいかに危ない会社ばかりかという事実を反映しているに違いありません。そして、世界中でシステミックに重要な決済機能を果たしている大手銀行28行は、緊密な相互取引によって結びついているのです。

この28行を指定した国際決済銀行(BIS)の意図が、これだけ錯綜した取引関係があれば、どこか1行でも潰れたら連鎖反応で世界の金融市場全体が機能停止に陥る危険があまりにも大きいので、国際的な大銀行をつぶしてはいけないというところにあるので、その分は割り引いて考えなければなりません。

むしろ、ドイツ銀行級の大銀行が潰れれば何行か連鎖破綻は避けられないという展開を恐れてなんとか救済してやりつづけるかぎり、国際的な大手金融機関の放漫経営は未来永劫にわたって続きます。だからこそ、世界中の大手金融機関の2割や3割は消えてなくなることを覚悟して、大ナタを振るうべきときが近づいていると考えるべきです。

ところで、国際的にシステミックな重要な銀行28行の中でドイツ銀行がいちばん破綻の危機が切迫しているというのは、なんとも皮肉な事態です。

ユーロ圏6ヵ国は、そろって賃金給与の上昇が労働生産性の上昇を大きく上回る状態が持続しています。これは、資本の取り分である企業利益率が慢性的に低下していれば、論理的にはあり得ないことではないでしょう。しかし、約15年にわたってその乖離が広がる一方というのは、明らかに異常です。

ユーロ圏が形成された直後に、それまではドイツに比べてはるかに高い金利でしか国債や社債を発行できなかった国が、ドイツ並みの金利で債券を発行できるようになり、格段に借金がしやすくなっていました。その頃の借金を国民経済の発展のためにではなく、当座の賃金給与の増加に使い果たしてしまったというのが、ユーロ圏創設以来のヨーロッパ諸国最大の問題なのです。

その中で、ドイツだけは賃金給与上昇率の労働生産性上昇率に対する乖離を6か国中最小限にとどめています。借金が賃金給与になって消えてしまったので、生産性が上がらず返済に苦労するのは6ヵ国共通です。しかし、その苦労の度合いはドイツがもっとも低くて済むことになります。

もちろん、アメリカのように労働生産性は着実に上昇しているのに、その成果は資本家と経営者に根こそぎ持って行かれてしまって、勤労者の賃金給与は約20年間ほとんど増えていないというのも異常です。その点、日本は労働生産性の上昇率が下がるとほぼ同時に賃金給与も伸びなくなっているので、欧米に比べればはるかに健全な国民経済を維持しています。

また、ドイツの政府・地方自治体債の債務総額も、異常な低金利環境の中で2010年末ごろから横ばいに転じています。

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